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クウネルハシル!-前編-

2009.11.08 (Sun)

【2008年02月25日の日記より転載】

客観的にはどうか知りませんが、
主観的に私は遅刻しないほうだと思っています。
もちろんミステイクやアクシデントはありますが、
大体時間前に到着することが多いです。

ところが今回の旅行でいくつか現地ツアーに参加した際、
何故か3度も遅刻してしまいました。
今日のネタはそのおかげでエライ目に遭ったというお話です。

◆◆その1◆◆

ケアンズの観光案内所にて。
当日午後発で間に合うツアーがあるというので申込んだときのこと。
窓口のおねいちゃんの電話が終わってからツアーの出発時間を尋ねました。

 : おねいちゃん「あと15分で出発だってー」
 : クウネル「ちょっと待てー!15分て!何も持ってきてないのにー!」
 : おねいちゃん「だいじょーぶよー、こっから5分で行けるからーアハハハー」
 : クウネル「アハハーて!つかアンタまだアタシのカード支払手続きも
   できてないやろが!!」

 
結局カードの手続きに7分。
私はカードをひったくるようにして案内所を飛び出し、
サウナのような炎天下の大通りを走り、YHAへダッシュしました。

心肺停止寸前ようやくYHAに戻ったら、
すでにピックアップバスは到着しており、
ドライバーのオッサンに「遅い!」と叱られました。
私が「あと5分待って~!現金持ってこないと~」
と泣きつくと「3分や!」と一喝されました。
なんでやねーーーーん!

炎天下のケアンズ

キュランダ熱帯雨林ツアー

◆◆その2◆◆

夜寝る前、翌日のツアーのバウチャーを見て
「8時半にピックアップね」と時間を確認し、
翌朝8時15分にロビーでピックアップバスを待っていました。
大体バスは早めに着くんですが、なんっとなく、ホントになんっとなく
不安になりまして、8時23分にバウチャーを再確認しました。

すると。

「8時半『現地(出発地)』集合」

うそ・・。

翌日のツアーのバウチャーが何故か三枚綴りのトップに
綴じられており、ツアー名をしっかり確認しなかった私は
それを今日のツアーと勝手に思い込んだのでした。


ゲッ!置いてかれる!


8時24分、私は脳貧血を起こしそうになりながらYHAを飛び出し
『現地』へ向かって走り出しました。
走れ、クウネル!セリヌンティウスは待ってないけど、とにかく走れ!

目的地まで1kmほどの距離だったでしょうか。
これっぽっちでも全速で走れば腰が砕けそうになります。
普段の運動不足も祟ったのでしょうが、歳は取りたくないもんですね。

8時32分、息も絶え絶えに『現地』到着しましたが、
同じツアーの○○人ご一行様がまだ到着しておらず、
結局それから20分以上待つハメに。誰を恨む筋でもありませんが、
やっぱり叫び出しそうになりました。
なんでやねーーーーーん!

もふもふコアラ

帰りは列車です

もうひとネタありますので後編へ続くコチラ

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テーマ : 女ひとり旅★ - ジャンル : 旅行

06:00  |   オーストラリア  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ラピュタ紀行-パロネラパーク-

2009.11.08 (Sun)

【2008年02月19日の日記より転載】

◆1月21日◆

時系列はむちゃくちゃですが、今回はオーストラリア
ケアンズから参加したパロネラパークのツアーについて。

パロネラパークはスペイン人移民のホセ・パロネラが
自力で作った今でいうテーマパークのようなものだったらしいんですが、
時の洗礼を受け、今ではなんとも言えない荘厳な雰囲気を醸しだしています。

CIMG0435.jpg

CIMG0482.jpg

それにここはあのジブリの名作「天空の城ラピュタ」に
出てくるラピュタ島のモデルになったと言われていますが
(宮崎駿氏は明言してないそうです)、
なるほどパズーとシータがカイトで不時着した庭のイメージですね。

CIMG0456.jpg

CIMG0473.jpg

CIMG0463.jpg

ヨーロッパ風の建築と建物のそこここにはびこる熱帯の植物の調和が、もはや自然美。
京都の古刹にも通じるものがあり、素晴らしかったです。

ここは一度閉鎖の憂き目に遭ったそうですが、
現在のオーナーが気に入って買い取り、
めでたく再開の運びとなったという話です。

世の金持ちはこういうお金の使い方をしてもらいたいもんです。

蛇足ですが、ツアーのバスがパークに到着する寸前
いきなりバスのBGMがラピュタのサントラに切替ります。
反応するのはもちろん日本人だけで、他の人は「???」でした(笑)。

他にも「魔女の宅急便」だの「風の谷のナウシカ」だのの
モデルになった場所が世界中にあるらしいので、いつか訪れてみたいですね。


CIMG0436.jpg

テーマ : オーストラリア - ジャンル : 旅行

03:00  |   オーストラリア  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ULTRA VIOLET №1!

2009.11.04 (Wed)

【2008年02月07日の日記より転載】


今夜の天気予報によると、明日は大阪2度まで気温が下がるようで、
寒がりの私にはツライ一日となりそうです。


ところが南半球ではただ今夏真っ盛り。
熱帯のケアンズでは日中町を歩くだけで
背中から滝のような汗が流れるのがわかります。
アタシあんまり汗かかないほうなのに。


紫外線も体でそれと感じるほど強く、帽子と日焼け止め、
暑くても長袖は必携です。
シドニーでは家庭用の日焼止めが2ℓタンクで売られてて
びっくりしましたが、決して大げさなのではなく、2ℓを
いとも簡単に消費するほどの紫外線だということなのでしょう。

最強紫外線

ビーチのおねいちゃん

とにかく話には聞いてましたがこんなに蒸し暑いとは思ってませんでした。
さすが熱帯。沖縄とかハワイのようなカラッとした暑さを想像してた自分が憎い。
なんでわざわざ大阪の夏を追体験するような愚行をアタシはまたやったのか。


でもまあせっかく来たんだからと気を取り直し、
今回はグリーン島の半日ツアーに参加することにしました。


◆1月20日◆


朝から晴天。
ケアンズの港から約一時間ほどでグリーン島へ到着。
桟橋から見える水の透明度に、もうテンションは
成層圏まで上がりっぱなしです。

さっそく島のロッカーに荷物を預け、
日焼け止めを顔にも手にも足にもしっかり塗りたくり、
頭にはバンダナ、水着の上からTシャツの重装備で
日焼け対策は万全。

よっしゃあ!
レンタルしたマスクとスノーケルでビーチエントリーだ!
どこまでも遠浅で透明な海に狂喜しながら
無我夢中でフィンをばたつかせ、
いざアンダーウオーターワールドへ!!

私の目の前に広がる景色は、それはそれは美しく
私の拙い文章表現では語りつくせないほどでした。

この世の竜宮城はケアンズにあり!1

初めて目の当たりにする夢のような景色に私はもう夢中でした。
魚と戯れ、波間に遊び、時間を忘れて恍惚と泳ぎ続けました。

この世の竜宮城はケアンズにあり!2

この世の竜宮城はケアンズにあり!3

ふと気がついて一度ビーチに戻るとちょうどランチタイム。
船に戻ってたっぷりエネルギーを補給し、再び海へ。
日焼け止めも忘れちゃいません。

午前と同じように泳ぎ続けて帰船時間となるまで
竜宮城のようなグリーン島を堪能し、一日が終わりました。


さて、夕方YHAに戻って潮臭い体を洗おうとシャワーに入ったところ、
私はエライことに気がつきました。


海に入る前、日焼止めはしっかり塗りたくり、
バンダナもTシャツも装備していたので
殆ど日焼けはしていませんでした。
・・・・・・砂浜にくっついていたお尻を除いては。


そう。日焼け止めを塗ったときに
私は砂浜にどっかり座っていたため、
お尻は全くの無防備だったのです。


もちろんお尻が丸出しになるような公害水着を
着用していたわけではありませんが、
ちょうどお尻と太ももの境目、
そこがもうびっくりするくらい赤くなってるじゃありませんか!
私はずっとうつぶせ状態で海に浮かんでいたため、
その部分だけがテリヤキ状態となってしまったというわけです。


ヤバい!と思いましたが後の祭り。
シャワーを浴びると案の定文字通り焼けるような痛みが。


ひいいいい、いたたたああ、ぐふううううう。


シャワー室から漏れる不気味なうめき声に、
同室の女の子たちはドン引きだったようです。
その夜私はパンツをはくことができず、
お尻を下にすることもできずうつぶせで眠りました。
ロングシャツ持ってきててよかった。


それから3日間私のお尻は熱を持ち続け、
今も白と黒のコントラストがまぶしく残っています。
ちなみにそのときの脳内ヘビーローテーションは「お尻日焼け虫」。


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バイリンボーイ

2009.11.04 (Wed)

【2008年02月07日の日記より転載】

先の日記に友人のことを書き記しましたが、実はシドニーにはもう一人友人が居ます。

彼女は香港系中国人移民で、NZで知り合い、以後ほとんど連絡は取っていませんでしたが
2年半前に初めてシドニーを訪問した際に約10年ぶりの再会を果たしました。


3年前に再会した際、彼女はミャンマー系中国人の男性と結婚しており
二人の間には3歳の男の子マシューがいました。いや今も居るんですけどね。
ちなみにミャンマーのことを英語ではバーミー(ビルマ)と言い、
ミャンマー人のことはバーミヤンというのを私は初めて知りました。

マシューくん

で、先日は彼女のお家で2泊させてもらったわけですが、マシューは現在5歳。
前回のときは当然おしゃべりらしいおしゃべりはせず、アヤシイ片言の英語と中国語を
両親と交わすだけでした。


中国語は「北京語」が彼らの公用語のようで、家庭内では英語と北京語がちゃんぽんで
交わされておりました。


ところが今回彼は5歳、
向こうでは既に小学校(中華系ではない普通の公立小学校)に入学していました。
子供というのは恐ろしいもんで、たった一年の小学校生活で
彼の英語は既に私のそれを大きく凌駕していました。


両親は正直私が聞いていても結構デタラメな英語で、3人称単数の原則だの過去形、
過去分詞などどこ吹く風といった按配です。


特に友人はNZで大学を卒業し、英語の新聞も読みこなすのに
会話となったら大雑把もいいところで、内心私は「これで子供に悪影響はないの?」
などといらぬ心配をしたりしてました。


ところが先述のデビーに言わせると「彼女は英語がペラペラね」とのこと。
ええっ?オーマイガ!ホワーイ?あんなに文法めちゃくちゃなのに?


「だって彼女は全くよどみがないでしょ?」


・・・そ、そうか。アタシの英語はいつもいつもいつもいつも
「SVO」だの「過去形」だの「語順」だのを頭で組み立ててから発話してるから、
つっかえもっかえしててわかりにくいってことね?そうなのね?


私の心配がいらぬものであることを照明するかのように、マシューの英語は完璧でした。
もちろん中国語もそうなんでしょう。


私は落ち込みましたね。
新鮮でぴっちぴちの脳みそが詰まってるマシューの頭と自分のドタマを
アンパンマンのように取り替えられたら、とハンカチを噛まずにはおれませんでした。


ともかく彼はこの数年で立派なバイリンボーイに成長すること間違いありません。


私はそろそろ花の咲き始める大阪城の梅林にでも行くことにします。
オチもくだらなすぎてごめんなさいごめんなさい。

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02:00  |   オーストラリア  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

他言語習得における共依存関係についての一考察

2009.11.03 (Tue)

【2008年02月07日の日記より転載】

今回シドニーを訪れたメインの理由は「友人デビーに結婚祝いを渡す」というものでした。
デビーは以前私がワーホリでオークランドに滞在していた折に知り合い、
彼女が英会話教師として大阪に滞在していたこともあり、今日に至るまで
お付き合いが続いております。

デビー2

巨大サーモンステーキ!

彼女はもともとニュージーランド人ですが、お兄さんに娘さんが生まれたのをきっかけに
ご両親がオーストラリアへ移住。それを受けて彼女もシドニーで住むことになりました。

デビーは大学で日本語を専攻しており、日本文化に対し大変造詣が深く、
日本語もそれなりに流暢に話せます。ペラペラと言えないところが友人ながらツラい(笑)。
私の英語とドッコイドッコイといったところでしょうか。

当時オークランドで私とデビーは、毎週エクスチェンジレッスンをしていました。
お互いがお互いの母国語を教えあいっこするわけですね。
合理的かつ経済的な方法です。

しかし、この方法は「相手が自分の母国語を多少なりとも話せる」ところに
落とし穴が潜んでいます。

二人とも日常会話なら何とかこなせるのですが、難解な単語や文法を要する
社会・経済・政治などの時事問題になると途端にアヤシくなってしまいます。

「No, Debbie, 違うよ! 'cause I don't have 持ってないもん」
「あ、ほんと?So, which would you like ホシイデスカ?」


などというトンデモ会話に終始することvery oftenなわけですね。

いったん会話がこんがらがると、後はもうメチャクチャです。
こうなると会話の主言語を自分の母国語に持っていこうと必死です。
お互いがお互いの(当てにならない)能力に依存しあうという好(悪?)例ですね。

私はこれを「言語習得における共依存関係」と名づけました。

もし私たちがお互いの言葉を全く話せなかったら、レッスンの成果は
グンとあがったでしょう。

しかし私たちはそれを楽しんでいました。カルタやピクチャーカードを作ったり
「自動詞と他動詞の違い」なんてことを質問されて困ったこともいい思い出です。

恋バナ・職場のグチ・将来の夢。
お互いたどたどしい英語と日本語で一生懸命思いを伝え合いました。

そして来月彼女はイギリス人の看護師さんと結婚します。

デビー1

スパゲティミ-トソースbyデビー

今回も久しぶりの邂逅を楽しみました。今度はいつ会えるかな。

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00:30  |   オーストラリア  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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